育種家の代わりにAIが良い牧草を選び出す

農研機構は株式会社バンダイナムコ研究所と共同で、ドローンと人工知能(AI)1)の深層学習(ディープラーニング)2)を用いて、育種家の代わりになりうる牧草育種評価法を開発しました。本成果によって、これまで育種家が畑を2時間以上歩いて肉眼観察で牧草を一株ずつ評価していた作業を、ドローンで撮影した画像から、あらかじめ学習させておいたAIが5分程度で行えるようになります。
農研機構と株式会社バンダイナムコ研究所は、熟練した育種家が優良な牧草を選び出す技術を人工知能(AI)が学習し、育種家に代わって優良な株の選抜を自動的に行うことが出来る革新的な育種評価法を、共同開発しました。例えば約1000株の牧草畑の場合、これまで育種家は、優良な牧草を選び出すために畑を2時間以上歩いて、肉眼観察で牧草を一株ずつ評価していましたが、本成果を用いることで、ドローンで撮影した画像から、あらかじめ学習させておいたAIがこの作業を5分程度で行えるようになります。

農研機構はオーチャードグラス高糖含量品種「えさじまん」やフェストロリウム高越冬性品種「ノースフェスト」を育成するなど、牧草育種に関する高いノウハウと技術力を有しており、これまでにドローンを用いた新しい育種評価法の開発に取り組んできました。今回、株式会社バンダイナムコ研究所がエンターテインメント分野で培ってきた高度なAIの技術力を取り入れることで、最新のICT3)・AI技術を導入した革新的な育種評価法の開発につながりました。

日本の畜産物生産については、増加している消費に対応して規模拡大と頭数の確保を行うのと併せて、ICTやロボット技術の導入による生産性の向上を図る必要があります。これを実現させるための技術革新の一つに飼料作物の育種の効率化があります。本手法の開発によって牧草の優良品種育成の加速化が期待されます。

<関連情報>予算:運営費交付金
※農研機構(のうけんきこう)は、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構のコミュニケーションネーム(通称)です。新聞、TV等の報道でも当機構の名称としては「農研機構」のご使用をお願い申し上げます。


撮影に使用したドローン:農研機構提供
 


育種畑の空撮画像(一部):農研機構提供

開発の社会的背景

日本の畜産物生産については、増加している消費に対応して規模拡大と頭数の確保を行うのと併せて、ICTやロボット技術の導入による生産性の向上を図る必要があります。これを実現させるための技術革新の一つに飼料作物の育種の効率化があります。
農研機構では、多収かつ高品質な牧草の新品種をできるだけ早く実用化し、生産現場での飼料生産性の向上に貢献することを目指し、最新のICT・AI技術を導入して、革新的な育種評価法の開発を進めていました。

研究の経緯

良い品種を作り出すためには、個体選抜4)5)の対象となる個体数が多いほど良いことが知られています。そこで、数多くの作物個体の特性を効率的に評価できる革新的な育種評価法の開発が求められていました。そのためのカギとなるツールは、ドローン(図1)と人工知能(AI)です。ドローンは広範囲の田畑について鳥瞰的な視覚情報を取得できることから、効率的な育種評価に活用できます。AIは深層学習(ディープラーニング)が発達してから、画像認識能力が飛躍的に高くなっています。このドローンとAIの組み合わせは、新しい牧草育種評価法(図2)の開発に大きな威力を発揮しました。

研究の内容・意義

  
評価を行う時間と場所の自由度が高まりました:
育種畑に植えられた複数の育成系統6)(約1000個体)を、これまで通り育種家が草勢(収量を予測する指標、「1」の極不良から「9」の極良まで数値で表す)、罹病程度(病気の状態を示す指標、1:軽微-9:甚大)、越冬性(無事に越冬できたかの指標、1:極不良-9:極良)などを調査するためには、傾向をつかむだけで1時間程度は必要です。詳細なデータを記録するためには、1日かかることもあります。しかも、日没後は評価できません。また、冬を過ぎてすぐ(札幌では4月上旬頃)に行う越冬性調査7)は、長時間の寒さに耐えての実施が強いられます。それに対してドローンを用いれば、5分程度で圃場の状態を撮影・記録できます。空撮画像(図3)のAIによる評価は夜間に、室内で実行できます。

育種家と同等の精度で的確な評価を行うことができます:
最初にAI学習用の畑空撮画像と、対応する育種家評点8)のセットを準備します。このデータセットを用いてAIに学習させます。本研究では学習用画像:検証用画像:試験用画像=8:1:1の比率で全個体を無作為に分類し、学習用画像と育種家評点とのセットを使ってAI(GoogLeNet)を学習させました。学習によって複数のAIモデルが作成されます。
これらのAIモデルに検証用画像を評点予測させ、予測点と育種家評点を比較して正答率を検証します。その結果、正答率の高かったAIモデルを選択します。選ばれたAIモデルに試験用画像を評価させたところ、上下1点の誤差を正答とした場合、ほぼ9割以上の正答率が得られました(表1)。1人の育種家が同じ圃場を別の日に評価した場合、上下2点以上の誤差は同じ程度の割合で発生するため、この手法が育種家の代わりになり得ることが示されました。

評価のために撮影する際の畑の時期(草の生育ステージ)、雲の影響による太陽の明るさ、湿り具合による地面の色などが異なると、AIは正しい判断ができません。そのため、利用場面ごとにAIを学習させる必要があります。しかし、明るさや地面の色などによる影響については、種々の撮影条件下で撮られた画像を一緒に学習させることで、回避できることがわかりました。現在、8月下旬から9月上旬の生育ステージを評価できるAIモデルが用意できています。

今後の予定・期待

  
これまでの牧草の個体選抜においては、育種家の評価可能な個体数に限界があるため、選抜対象にできる個体数は限定されていました。しかし、本手法を用いることにより、育種家の能力による限界はほぼなくなり、非常に沢山の個体数を評価できるようになりました。数多くの個体から選抜できれば、優良個体が選抜される可能性は高くなります。今後、これまでよりもさらに良い牧草品種が、本手法によって生み出されることが期待されています。農研機構では作物全般においてICT・AIを導入したスマート育種の新技術開発を行っています。牧草についての革新的なスマート育種法の開発がこの一翼を担い、多様で有益な品種育成を加速化するための育種法の発展に貢献していきます。

用語の解説

 
1) 人工知能:Artificial Intelligence(AI)。現在までに統一的な定義は行われていませんが、本研究では人の知的な振る舞いを模倣・支援するための構成システムとして位置づけています。

2) 深層学習:Deep Learning(ディープラーニング)。学習の仕組みとして人間の脳の神経回路を模倣したニューラルネットワークと呼ばれるモデルを多層に増やし、複雑なデータの学習を可能にしたもの。

3) ICT:Information and Communication Technology(情報通信技術)。情報処理や通信技術(インターネットなど)を利用した産業やサービスなどの総称。

4)個体:種子一つから発生するもの。絨毯のように一面に広がる牧草地でも、よく見ると多数の個体から成り立っています。育種畑では1個体ずつ植えるので1株=1個体です。

5) 個体選抜:品種改良(育種)上の基本的な選抜操作の一つで、数多くの個体を含む作物集団から、希望する特性をもつ個体を選び出すこと。例えば、病気に強い牧草個体を選抜する際には、あまり枯れていない個体や病斑が少ない個体を選抜します。

6) 育成系統:種苗法による品種登録前の品種候補のこと。

7) 越冬性調査:秋前に植えられた牧草が冬を過ごした後、元気の程度を目視で判断して行う調査。越冬性の低い個体は枯死する、または生存していても再生が良くないため、その度合いを判定します。

8) 育種家評点:植物(または家畜)の品種改良を職業とする人が採点した点数。

発表論文 
秋山征夫, 無田廣之, 鈴木尚也, 眞田康治,2020:無人航空機の空撮画像を利用した深層学習によるオーチャードグラス個体選抜法の開発.育種学研究.
DOI:https://doi.org/10.1270/jsbbr.19J07

参考図

AIによる優良個体選抜の概念図:農研機構提供
 

表1 学習させたAIによる育種評価結果の正答